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12月9日 誕生日 ホアキン・トゥリーナ・ペレス
12月9日 誕生日 ホアキン・トゥリーナ・ペレス(Joaquín Turina Pérez, 1882.12.9〜1949.1.14) スペインの作曲家。セビリアとマドリードで学んだ後、1905〜1914年をパリで過ごし、パリ・スコラ・カントルムでモシュコフスキにピアノを、ダンディに作曲を師事、またラヴェルやドビュッシーの印象主義音楽から強い影響を受けた。1914年にマドリードへ戻り、作曲家・教師・批評家として活動し、1931年からマドリード王立音楽院で作曲教授を務め、多くの門下を育てた。作品はオペラからギター曲まで幅広く残しており、アンダルシア音楽の影響が色濃く反映されている。
2025年12月9日
12月8日 命日 三木稔
12月8日 命日 三木稔(みき みのる、1930.3.16〜2011.12.8) 徳島県出身の作曲家。邦楽器と西洋音楽の融合を追求した作品で知られる。東京藝術大学で作曲を学び、卒業後は現代音楽の創作に取り組み、特に箏、三味線、尺八などの邦楽器を用いた作品-《十七絃独奏のための「響象」》《箏協奏曲》などが評価されてれている。 また、《能・オペラ「じょうるり」》や《交響曲「怒りの鐘」》など大規模な作品も手掛け、日本の伝統文化を生かした独自の音楽世界を築いた。イギリスから委嘱を受けるなど、国際的な評価も高く、アジアや欧米でも演奏される機会が多かった。 オペラをはじめ声楽作品も数多く残した。 歌曲集「花ものがたり」 オペラ「春琴抄」「静と義経」「源氏物語」ほか
2025年12月8日


12月7日 誕生日 与謝野 晶子
12月7日 誕生日 与謝野 晶子(よさの あきこ, 1878.12.7〜1942.5.29) 大阪出身の歌人、作家、思想家。堺の和菓子店「駿河屋」に生まれる。幼少から漢学や琴・三味線に親しみ、女学校で古典文学に傾倒。10代で『文芸倶楽部』に短歌が掲載されるなど早くから才能を示した。20歳頃から投稿を重ね、浜寺の歌会で与謝野鉄幹と出会い不倫関係となる(のちに結婚)。翌年家を出て上京し、官能的な処女歌集『みだれ髪』で一躍注目を浴びた。04年「君死にたまふことなかれ」で論争を巻き起こし、12年には鉄幹を追って欧州へ渡航、帰国後『巴里より』で女性教育の必要性を訴える。21年には文化学院創設に参加し、日本初の男女共学の実現に尽力した。多忙な生活の中で約5万首の短歌を残し、『新新源氏』などの翻訳・評論にも精力的に取り組んだ。歌曲になったものには、平井康三郎『みだれ髪』他
2025年12月8日
12月6日 誕生日 堀内 敬三
12月6日 誕生日 堀内 敬三(ほりうち けいぞう,1897.12.6〜1983.10.12) 日本の作曲・作詞・訳詞家、音楽評論家。“浅田飴”本舗の三男として生まれる。中学時代から作曲や訳作詞を手がけ、浪人時代に岩波書店から日本最初の音楽批評誌『音楽と文学』を創刊。ミシガン大学で機械工学と音楽を学び、マサチューセッツ工科大学修士課程を修了。帰国後はNHKの洋楽主任として洋楽放送の確立や用語統一などに尽力。また音楽之友社を設立。 作曲に「若き血」「蒲田行進曲」「アラビアの唄」「冬の星座」 日本の西洋音楽の普及・組織化に大きな影響を与えた。
2025年12月6日


12月4日 誕生日 藤原 義江
12月4日 誕生日 藤原 義江(ふじわら よしえ、1898.12.5〜1976.3.22) 下関市出身のテノール 歌手。スコットランド人の父と日本人の母の間に生まれる。幼少期は九州各地を転々とし、11歳で上京して学ぶ。1916年に芝居に魅せられて新国劇に参加し、翌年浅草オペラへ転向。1920年に渡伊して声楽を学び、翌年ロンドンでのリサイタルが好評を博す。欧米で人気を得て「和製バレンチノ」と称され、帰国時には熱狂的に迎えられた。1926年には米ビクター社と専属契約を結ぶ。その後、日本で本格的なオペラへ初出演し、その後も欧州で舞台経験を重ねる。1934年には藤原歌劇団を創設し、『ラ・ボエーム』の日本初演を実現。以後、多くのオペラ上演を通じ、日本に本格的なオペラ文化を根付かせた。
2025年12月5日


12月4日 誕生日 ライナー・マリア・リルケ
12月4日 誕生日 ライナー・マリア・リルケ(Rainer Maria Rilke、1875.12.4〜1926.12.29) オーストリア(プラハ生まれ)の詩人。陸軍士官学校に通うがすぐに退学、商業学校に学びながら詩作を始める。二度のロシア旅行を通じて文筆生活を決意、後にパリに移り住み、一時ロダンの秘書も務め『ロダン論』を執筆。結婚し娘を一人授かるが、貧しさのため様々な国を独り彷徨流転し続けた生涯を送る。生涯を通じて数多くの書簡を残している。代表作に『マルテの手記』『若き詩人への手紙』『ドゥイノの悲歌』『オルフォイスに捧げるソネット』など。 歌曲にはヒンデミットの『マリアの生涯』、マルタンの『旗手クリストフ・リルケの愛と死の歌』など多数。
2025年12月4日
12月3日 誕生日 ニーノ・ロータ
12月3日 誕生日 ニーノ・ロータ(Nino Rota, 1911.12.3〜1979.4.10) 🇮🇹ミラノ出身の作曲家。少年期から音楽の才能を発揮し、ミラノ音楽院やカーティス音楽学校などで学んだ。大学では文学と哲学を修めた後、音楽教師として活動を始め、クラシックや映画音楽の作曲に取り組む。1942年以降は映画音楽を本格化させ、フェデリコ・フェリーニ監督と長年にわたり名コンビを築いた。代表作に『ロミオとジュリエット』『ゴッドファーザー』などがある。晩年にはモノーポリに音楽院を設立し、文化振興にも尽力。純音楽作品には3曲の交響曲、オペラ「フィレンツェの麦わら帽子」など
2025年12月3日


12月2日 命日 フランチェスコ・パオロ・トスティ
12月2日 命日 フランチェスコ・パオロ・トスティ(Sir Francesco Paolo Tosti, 184.年4.9~1916.12.2) イタリアの歌曲作曲家。12歳にしてナポリ音楽院に入学、ヴァイオリンと作曲の研鑽を続ける。1866年、ヴァイオリンでディプロマ取得し、その時期から歌曲を作曲し始める。その後、イタリア王室、イギリス王室で声楽教師の職を得る。1906年には英国臣民となり、準男爵の地位も得るが、1912年にはイタリアに帰国。イタリア語のみならず英語やフランス語の歌曲も作曲している。 代表曲「アマランタの4つの歌」「夢」「最後の歌」ほか
2025年12月2日
12月1日 誕生日 伊庭 孝
12月1日 誕生日 伊庭 孝(いば たかし、1887.12.1〜1937.2.25) 東京出身の俳優、演出家、作詞家、音楽評論家。西洋音楽と語学に秀で、キリスト教に入信したのち同志社神学校に進むが社会主義思想を唱えて中退。上京し出版社勤務の傍ら演劇に傾倒し、草人らと評論活動を始める。 1912年「近代劇協会」を設立、翌年には帝劇でオペラ『ファウスト』を手がける。ダンサー高木徳子と「歌舞劇協会」を結成し、浅草で上演した『女軍出征』が大成功。「浅草オペラ」の火付け役となった。1919年以降は松竹や根岸興行部で歌劇団を率い、多くの新作を送り出した。 引退後は音楽評論に専念し、ラジオ歌劇の訳詞・企画にも関わり、日本のオペラ普及に大きく貢献した。
2025年12月2日


11月30日 誕生日 カール・レーヴェ
11月30日 誕生日 カール・レーヴェ(Carl Loewe, 1796.11.30〜1869.4.20) ドイツ初期ロマン派音楽の作曲家・声楽家・ピアニスト。幼少期に母から音楽を学ぶ。ケーテンとハレで聖歌隊員を務め、美声によって注目され、ジェローム・ボナパルトから奨学金を受けてハレ大学で神学と音楽を学んだが、1813年の王の逃亡により援助は途絶えた。シュテティーンへ移り、オルガニスト兼音楽監督として働きつつ作曲に専念し、ゲーテの《魔王》をはじめ多くのバラードを発表した。他にもリュッケルト、シェイクスピア、バイロン等の詩をもとに、語りの技巧と劇性を融合した独唱バラードを多く書いた。オペラ・オラトリオ・器楽曲も手がけ、後年は声楽家としても有名になり、ピアニストとしても活躍した。
2025年11月30日
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