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12月11日 誕生日 ルイ・エクトル・ベルリオーズ
12月11日 誕生日 ルイ・エクトル・ベルリオーズ(Louis Hector Berlioz,1803.12.11〜1869.3.8) フランスの作曲家。開業医の家に生まれ、父からラテン語や音楽を学んだ。医師を志してパリの医学校に進むが解剖に耐えられず、オペラ座に通ううち作曲家を志し、1823年パリ音楽院でル・シュウールに師事する。ローマ賞に挑戦しながら『荘厳ミサ曲』などを書き、1830年にようやくローマ賞を獲得、同年の革新的な《幻想交響曲》で名声を得た。女優ハリエット・スミッソンとの恋愛と結婚、歌劇《ベンヴェヌート・チェッリーニ》の失敗を経て、指揮と批評で生計を立てつつ《ロメオとジュリエット》《ファウストの劫罰》《キリストの幼時》など大作を生み出す。悲願の大歌劇《トロイアの人々》は、全曲上演されないまま逝去した。ロマン派オーケストレーションの革新者として高く評価されている。
2025年12月11日
12月10日 誕生日 オリヴィエ・メシアン
12月10日 誕生日 オリヴィエ・メシアン(Olivier-Eugène-Prosper-Charles Messiaen, 1908.12.10〜1992.4.27) フランスの作曲家、オルガン奏者、ピアニスト。詩人の母と英語教師の父の影響を受けて育った。第一次大戦中に疎開先でアルプスの自然に出会い、その景観は後の作風に深く刻まれた。11歳でパリ音楽院に入学し、和声・対位法・オルガン・作曲のすべてで首席を獲得、デュカスやデュプレらに学ぶ。卒業後はサント=トリニテ教会のオルガニストを務め、生涯この職を続ける。宗教音楽を中心に、インドのリズムや電気楽器オンド・マルトノ、そして鳥の囀りを作品に取り込んだ。また、パリ音楽院教授としてブーレーズ、シュトックハウゼン、クセナキスらを育て、20世紀音楽に巨大な影響を残した。
2025年12月11日


12月9日 誕生日 ホアキン・トゥリーナ・ペレス
12月9日 誕生日 ホアキン・トゥリーナ・ペレス(Joaquín Turina Pérez, 1882.12.9〜1949.1.14) スペインの作曲家。セビリアとマドリードで学んだ後、1905〜1914年をパリで過ごし、パリ・スコラ・カントルムでモシュコフスキにピアノを、ダンディに作曲を師事、またラヴェルやドビュッシーの印象主義音楽から強い影響を受けた。1914年にマドリードへ戻り、作曲家・教師・批評家として活動し、1931年からマドリード王立音楽院で作曲教授を務め、多くの門下を育てた。作品はオペラからギター曲まで幅広く残しており、アンダルシア音楽の影響が色濃く反映されている。
2025年12月9日
12月8日 命日 三木稔
12月8日 命日 三木稔(みき みのる、1930.3.16〜2011.12.8) 徳島県出身の作曲家。邦楽器と西洋音楽の融合を追求した作品で知られる。東京藝術大学で作曲を学び、卒業後は現代音楽の創作に取り組み、特に箏、三味線、尺八などの邦楽器を用いた作品-《十七絃独奏のための「響象」》《箏協奏曲》などが評価されてれている。 また、《能・オペラ「じょうるり」》や《交響曲「怒りの鐘」》など大規模な作品も手掛け、日本の伝統文化を生かした独自の音楽世界を築いた。イギリスから委嘱を受けるなど、国際的な評価も高く、アジアや欧米でも演奏される機会が多かった。 オペラをはじめ声楽作品も数多く残した。 歌曲集「花ものがたり」 オペラ「春琴抄」「静と義経」「源氏物語」ほか
2025年12月8日


12月7日 誕生日 与謝野 晶子
12月7日 誕生日 与謝野 晶子(よさの あきこ, 1878.12.7〜1942.5.29) 大阪出身の歌人、作家、思想家。堺の和菓子店「駿河屋」に生まれる。幼少から漢学や琴・三味線に親しみ、女学校で古典文学に傾倒。10代で『文芸倶楽部』に短歌が掲載されるなど早くから才能を示した。20歳頃から投稿を重ね、浜寺の歌会で与謝野鉄幹と出会い不倫関係となる(のちに結婚)。翌年家を出て上京し、官能的な処女歌集『みだれ髪』で一躍注目を浴びた。04年「君死にたまふことなかれ」で論争を巻き起こし、12年には鉄幹を追って欧州へ渡航、帰国後『巴里より』で女性教育の必要性を訴える。21年には文化学院創設に参加し、日本初の男女共学の実現に尽力した。多忙な生活の中で約5万首の短歌を残し、『新新源氏』などの翻訳・評論にも精力的に取り組んだ。歌曲になったものには、平井康三郎『みだれ髪』他
2025年12月8日
12月6日 誕生日 堀内 敬三
12月6日 誕生日 堀内 敬三(ほりうち けいぞう,1897.12.6〜1983.10.12) 日本の作曲・作詞・訳詞家、音楽評論家。“浅田飴”本舗の三男として生まれる。中学時代から作曲や訳作詞を手がけ、浪人時代に岩波書店から日本最初の音楽批評誌『音楽と文学』を創刊。ミシガン大学で機械工学と音楽を学び、マサチューセッツ工科大学修士課程を修了。帰国後はNHKの洋楽主任として洋楽放送の確立や用語統一などに尽力。また音楽之友社を設立。 作曲に「若き血」「蒲田行進曲」「アラビアの唄」「冬の星座」 日本の西洋音楽の普及・組織化に大きな影響を与えた。
2025年12月6日


12月4日 誕生日 藤原 義江
12月4日 誕生日 藤原 義江(ふじわら よしえ、1898.12.5〜1976.3.22) 下関市出身のテノール 歌手。スコットランド人の父と日本人の母の間に生まれる。幼少期は九州各地を転々とし、11歳で上京して学ぶ。1916年に芝居に魅せられて新国劇に参加し、翌年浅草オペラへ転向。1920年に渡伊して声楽を学び、翌年ロンドンでのリサイタルが好評を博す。欧米で人気を得て「和製バレンチノ」と称され、帰国時には熱狂的に迎えられた。1926年には米ビクター社と専属契約を結ぶ。その後、日本で本格的なオペラへ初出演し、その後も欧州で舞台経験を重ねる。1934年には藤原歌劇団を創設し、『ラ・ボエーム』の日本初演を実現。以後、多くのオペラ上演を通じ、日本に本格的なオペラ文化を根付かせた。
2025年12月5日


12月4日 誕生日 ライナー・マリア・リルケ
12月4日 誕生日 ライナー・マリア・リルケ(Rainer Maria Rilke、1875.12.4〜1926.12.29) オーストリア(プラハ生まれ)の詩人。陸軍士官学校に通うがすぐに退学、商業学校に学びながら詩作を始める。二度のロシア旅行を通じて文筆生活を決意、後にパリに移り住み、一時ロダンの秘書も務め『ロダン論』を執筆。結婚し娘を一人授かるが、貧しさのため様々な国を独り彷徨流転し続けた生涯を送る。生涯を通じて数多くの書簡を残している。代表作に『マルテの手記』『若き詩人への手紙』『ドゥイノの悲歌』『オルフォイスに捧げるソネット』など。 歌曲にはヒンデミットの『マリアの生涯』、マルタンの『旗手クリストフ・リルケの愛と死の歌』など多数。
2025年12月4日
12月3日 誕生日 ニーノ・ロータ
12月3日 誕生日 ニーノ・ロータ(Nino Rota, 1911.12.3〜1979.4.10) 🇮🇹ミラノ出身の作曲家。少年期から音楽の才能を発揮し、ミラノ音楽院やカーティス音楽学校などで学んだ。大学では文学と哲学を修めた後、音楽教師として活動を始め、クラシックや映画音楽の作曲に取り組む。1942年以降は映画音楽を本格化させ、フェデリコ・フェリーニ監督と長年にわたり名コンビを築いた。代表作に『ロミオとジュリエット』『ゴッドファーザー』などがある。晩年にはモノーポリに音楽院を設立し、文化振興にも尽力。純音楽作品には3曲の交響曲、オペラ「フィレンツェの麦わら帽子」など
2025年12月3日


12月2日 命日 フランチェスコ・パオロ・トスティ
12月2日 命日 フランチェスコ・パオロ・トスティ(Sir Francesco Paolo Tosti, 184.年4.9~1916.12.2) イタリアの歌曲作曲家。12歳にしてナポリ音楽院に入学、ヴァイオリンと作曲の研鑽を続ける。1866年、ヴァイオリンでディプロマ取得し、その時期から歌曲を作曲し始める。その後、イタリア王室、イギリス王室で声楽教師の職を得る。1906年には英国臣民となり、準男爵の地位も得るが、1912年にはイタリアに帰国。イタリア語のみならず英語やフランス語の歌曲も作曲している。 代表曲「アマランタの4つの歌」「夢」「最後の歌」ほか
2025年12月2日
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